Guitar Life〜徒然なるままに〜

ギタリスト〜HITOSHI(三村 均:LORAN)の日記

2013年03月23日

しっかりしないと!

よっ!(^-^)/

久しぶり〜。

で、思い出ボロボロシリーズ!
子供の頃の話しです。


右の絵を見て問いに答えなさい。

机の上にお母さんが買ってきたリンゴが置いてあります。
A君とお姉さんが一つずつ食べると残りはいくつになるでしょう?

…これが…わからなかったのだ…(T_T)

最初に書いてある『右の絵を見て〜』っていうのを見落としたまま時間ばかりが過ぎて行く…。

お母ちゃん…怒る怒る…。

『もう一回ちゃんと読んでみんさい!』

『あんた字は読めるんでしょ?』

『まぁ!何でわからんのね!』

って怒鳴られ、頭叩かれ、いよいよ混乱してしまった…。

文章の3cmくらい横に6つのリンゴの絵が書いてあったが…『よく読め!』『しっかり読め!』と言われひたすら文章の一字一字をただ見つめるばかり…。

終いにはお母ちゃん…頭を叩きながら…『もう…何でわからんのね〜!』と泣き出した…申し訳なく自分も泣きだした。

ビシバシとど突かれながらしばらく文字と睨めっこしていたが、我慢出来ずトイレにたった。

帰って来るとお父ちゃんもそこにいて、じっとこっちを見たまま黙っていた。

二人で話しをしたらしく、お母ちゃんが頭を撫でながら優しくこう言った。
『さっきはいっぱい叩いてごめんね…これ、ひとしには難しい問題なんかもしれん…もう叩かんけぇね。痛かったじゃろ?ごめんの、ごめんの…もう、いいよ』って泣きながら。

その時ふと問題のリンゴの絵が目に入った。
『あ、4つ!残り4つじゃ!』って言ったけど、それまで当てずっぽうでテキトーな数言ってたから、『うんうん…』って感じで、多分わかったとは思ってもらえなかった。

その夜、フトンに入り微睡みかけた時お母ちゃんが起こしにきて、ちょっと来いと言いなさる。
また何か怒られる事やったっけ?と思いながら行くと、お父ちゃんが寝てる側に連れていかれた。

見ると、お父ちゃんが『ひとし〜、ひとしよ〜』と自分の名前を寝言で囁いておったのだ…。
(T ^ T)

これは次の日からの自分に相当影響があった。

しっかりしないとっ!てな事を思ったのはこの時が初めてだったと思う。

さて、仕事ですじゃっ!
( ̄^ ̄)ゞ

しっかりしないとね(笑)
image-20130323082807.png

(^O^)/
♪ HITOSHI ♪

▲TOPへ

2013年02月21日

長電話

よっ!(^-^)/

ふと思い出したが昔は携帯なんて無かったのです。

今となっては携帯無しでよく待ち合わせとかしていたな〜って思ったりもする。

生活の速度みたいなのが緩やかだったのかな?
あ、その分人間もおおらかだったかもしれない。

で、その時代に彼女の家に電話するのってちょっとした覚悟が必要でした。

何時にかけるって約束していたにもかかわらず彼女のお父ちゃんなんかが出てきたひには「エッ?…ヤベ〜(>_<)」って心の動揺と、お父ちゃんの低くて重そうな言葉と、慣れない言葉遣いでタジタジになる事があった。

今は長電話なんか滅多にしないけど、恋するガキンチョカップルである(=´∀`)人(´∀`=)しょーもない話しを長々としていたもんだ。
よく親に叱られたな〜。
「まぁ、アンター!まだ電話しよるん?早よー切って、風呂入りんさいヤァァー」
って(笑)

デビューした頃もまだ携帯はそんなに普及していなかった。

神戸に住む彼女と遠距離恋愛中だった頃、夜な夜な長電話するもんだから通話料金が凄い事になってね…事務所の社長に頼んで給料前倒しでいただいた…もちろん呆れられ、そして…叱られた(笑)v( ̄  ̄;)

ハハハ〜…しょーもないな話しでした。

でもね、これはこれで今となっては懐かしい思い出だったりするんだな〜。

ほいじゃ〜のっ!
image-20130221081329.png

(^-^)/
♪ HITOSHI ♪
▲TOPへ

2013年02月07日

怪獣のカタチした雲…。

よっ!(^-^)/

久々に"思い出ボロボロシリーズ"。

何でこんな事を?ってハッキリと覚えている幼少期のワンシーン。


夕暮れ刻。
父親に手をひかれうちの裏にあった高台を歩いていました。

季節はたぶん晩夏。

遠い空に怪獣のカタチをした雲があった。

これについてたくさん話しをしたように思う。

怪獣のカタチをした雲は怖かったけど、親父が側にいてくれて心強かったのと、難しい事はわからないながらも、ただ嬉しいとかいうのとは違い、"素敵な予感に包まれたデッカい幸せ"…みたいなのを感じておりました。

「ご飯よぉー!」ってお母ちゃんの声がして、このワンシーンは終わる。

これだけ。

でもね、あの時のあの"感じ"を思うと心が暖かくなるのだよ!

じゃね〜(^-^)/
♪ HITOSHI ♪












▲TOPへ

2013年02月05日

卒業アルバムの一枚

ヤッホ!(^-^)/

え〜、先日高校時代の仲間達(広島県立五日市高校ー…知らんわい!って?笑)とやった新年会の時にGetした写真です。

デビュー前に火事で卒業アルバムを焼失してしまった自分にとっては20ン年振りでした。

文化祭での1コマなんだけど、左端でギター弾いてるのがオイラ。
右奥で拳振り上げてるのがYASS。

10代だよ!かわいいでしょ?(笑)

何度も見てはニヤニヤと微笑んでおります。

う〜ん…今でも一緒にスタジオ入って、ああでもないこうでもないとジャカジャカやってるんだな〜。
…運命的な何かを感じる。
v( ̄  ̄)

よしよし、これからもゴキゲンなロックを演っちゃろう

早くライブやりたいー

ほいじゃ〜のっ!
(^-^)/
♪ HITOSHI ♪

image-20130205082749.png
▲TOPへ

2012年08月22日

クロスロード


ここを少し行って右に曲がれば広島の実家。

今は埋めたてられて公園になっているけど、この道の左側は昔池で、溺れそうになった事がある。
その時は通りかかったカップルのお兄さんに助けられた。

この坂道を三輪車で下って曲がりきれず角にあった家に突っ込んで怪我した事もあった。
あ、曲がり角飛び出して自転車にひかれて鼻血ブーもここだ。

親父がもめ事抱えて家を出た時、リアカーに家財道具載せて引っ張って歩いた事もあった。
夜中だったな〜。

昔の彼女と一緒に歩いたのもここ。

何もかも嫌になって東京を逃げ出し、ここまで帰って来たけど、思い直してUターンした事も• • • 。

なんてことない風景だけど、いっぱい思い出がつまった故郷のワンショット。

行きも帰りもこの道。

"クロスロード"• • • と言ったら大袈裟で、意味合いもちょいと違ってくるけど、今となっては自分的にそれくらい思い入れのある場所。


image-20120822123928.png
それにしても• • • 写真が平凡すぎる(笑)
▲TOPへ

2011年01月29日

( ̄▽ ̄;)

よっ!(^_^)V

ふと思い出した。
随分昔の話し。

その日…その時はまだ友達でしかなかったある女の子とデ?トをして、一緒に酒を飲んでいた。

夜遅かった。

店の中は段々客が少なくなり、普通に喋ってると店じゅうに話しが響いちゃうもんだから、二人の会話も自然と囁くような感じになり、そうなると、何だか愛しさがググッと増したりするもので(笑)、お酒もいい具合に後押ししてくれて…まぁ、初デ\x{2212}トとしてはとても良い感じだったのです。

そんな時のどうしようもなくフワフワしたとても幸せな感じ。

ええな〜、思いおこせば何だか新鮮で感動もんですわ(笑)

でね、そんないいム\x{2212}ドを奴らは…。

勢いよく店に入って来たのは、すっかり出来上がったハデハデ&イケイケなお姉ちゃん達。
3、4人いたと思う。

そりゃもう賑やかでね。

散々飲み食いしたあげく立ち寄った風に見えたのに、注文するわ、するわ。

女の人って…飲むのと食うのが比例する人多くないか?

で、まぁ、どんどん注文するわけですが、これがめちゃめちゃで…。

女A
『あたし、あれ!美味しいの!何だっけ、あ、白子!そう!“白子の踊り食い"\x{2212}!』

店員
f^_^;『!?…は、はぁ…』


(-_-;)『し、白子の踊り?…な、何ちゅう事を…。』

女B
『ヤダー!あんた、それって白魚の事でしょっ!?ハズカシィ〜』

女C
『白子って♂の“あれ"よっ!』

女A
『あっ!ギャハハ〜!ヤダー間違えた〜、白魚!白魚!え、そうなのぉ?白子ってそうなんだ!?え\x{2212}、でもぉ昨日の彼のでお腹一杯かもぉ〜!』

女C
『ギャハハ\x{2212}!わたしもぉ\x{2212}!!』

女B
『いや\x{2212}ん!わたしは2日前ぇ\x{2212}!!』

一同爆笑。


( ̄▽ ̄;)『て…てめぇら…。』



みたいな…。

何故だか、これ妙に覚えている。



酒の席での事だ、楽しく盛り上がるのは大いに結構。

んが!
周りの“空気"ってのも少しは…ね(笑)

皆さん気をつけましょう。

ほ、ほいじゃ〜のっ!
(^-^)/~
♪HITOSHI♪
▲TOPへ

2011年01月20日

思い出の街へ

思い出の街へ.jpgよっ!(^_^)V

昨日の朝、その昔自分が東京出てきた頃に住んでいた府中に今居るよと、NAOさんからメールがあった。

懐かしい。

是政橋の近くに住み、府中街道沿いにあったガソリンスタンドでバイトしながらギターの練習に明け暮れていた俺。

写メを送ってもらったけど、もう当時とは全然違っていて、どこがどこだか見当つかない。

ふと思った。

今度休みがとれたら、ゆっくりと一日使って昔住んでいた街を巡ってみたいなって。

う〜ん…変な気分だ…こういう気持ちを書きあらわすのは苦手。

遠くまで来たような…あの頃と何も変わってないような…。
随分長い時間が経ってるけど…ついこのあいだのような…ね(笑)

ほいじゃ〜のっ!
(^-^)/~
♪HITOSHI♪
▲TOPへ

2010年07月29日

ふと、子供の頃の夢

100725_131126.jpgよっ!(^_^)V

前を走る車。

よく見ると“訓練犬輸送中"と書いてあった。

でね、子供の頃の夢の一つを思い出しました。

誰だってそうだと思うけど、子供の頃自分の将来に色んな夢を見たでしょ?

俺なんてものごころついた頃から、将来こうなりたいっていう夢がなかった時期がないくらい、夢一杯の子供でした。

人生、これがないとつまらんからな〜。

そういう風に育ててくれた両親。
導いてくれた全ての人に感謝です。

さて、話しを戻そう。

“訓練犬輸送中"ってのを見て、子供の頃に犬の調教師になりたかったのを思い出した。

小さい頃から動物が好きで、最初は獣医さんになりたいって思ってたけど、親に言ったら『じゃ、いっぱい勉強して大学に行かないとね!』と言われ…嫌になった(笑)
学校は好きだったけど、先生の話しをじっと聞くのは苦手で、遊んでばかり&勉強嫌いだったのだ。

次に考えたのは動物園の飼育係。
近くの動物園や水族館に行っては、飼育係の人や動物達を熱心に観察しておりました。

で、ちょうどその頃犬を飼い始めてね。
ポメラニアン。

“おすわり"とか“おあずけ"とか色々教え込もうとして一冊の本を買ってきた。

これがなかなか…『何でそこまで?』ってくらい本格的な調教の本。
警察犬や救助犬や盲導犬の訓練の本だった。

“おすわり"とか“おあずけ"とか教えるつもりが、“探せ!"とか“跳べ!"とか“吠えろ!"になっちゃったんで、ポメラニアンのポニーちゃん(名前)にしてみれば、えらい迷惑な話しだったでしょう(笑)

で、その本を通じて犬の素晴らしい能力に魅せられ、飼育係から、犬の調教師へと夢は変わって行ったのです。



でもその後ビ−トルズ&ギターを知ってから、全てが変わっちゃったけどね。



たまにこんな事考える。

音楽&ギター以外の道を行った自分の人生って、どんなだったろうな?って。

まぁ、性分としてきっと好きな事しかしなかっただろうけど、これはなかなか面白い。

あ、こんな事考えて黄昏れるなんて…歳とった証拠かの?(笑)

ほいじゃ〜のっ!
(^-^)/~
♪HITOSHI♪
▲TOPへ

2010年04月26日

ホテル〜トマト

ホテル トマト.jpgよっ!(^_^)V

昨日、BBQの帰りに“4Km先左折 ホテル トマト"って看板見つけてね。

ブログネタ収集に熱心な俺は
『ほぅ!やった!こりゃ良い!』
と、期待に胸を膨らませて行ってみた。

写真がそれ。



(-_-;)…う〜ん…どうも自分の描いてたイメージとは…。

下手な事書けんから、“ビミョ〜"とだけ言っておこう…。

なんか…昔もこれに似た事があった。

その時は、噂にきいた“パチンコ ローラン"を探しに(見に?)行って、ちょうど電球がキレていたらしく…。

“チンコ ローラン"
v(-_-;)



と、ちゃんと“オチ"があった…。

ほ、ほいじゃ〜のっ!

(^O^)/
♪HITOSHI♪
▲TOPへ

2009年05月11日

涙で歩いた吉祥寺駅前の道

H21・4・5渋谷ラママ-34.jpgよっ!(^-^)v

5月2日にやったGriftersのライブ。
場所は吉祥寺プラネットK。

“ライブ終了報告”にも書いたが、あの日、サウンドチェック後の空き時間にブラリと街中を散歩した。

今日は久し振りに、今だから話せる“思い出ボロボロ”シリーズ。

…きっと長くなる。

お茶でもすすりながら、ゆっくりと読んで下され。

ちょうど20年位前の話。

厄年だった。

前にも書いたが、まずは火事の話から始める。

その年、自分の煙草の火の不始末でアパートを全焼させてしまった私。

現場検証に立ち会い、火元となった自分の部屋の畳の上に残された灰皿を指差し、自分が火元である事と、燃え残ったその周りを科学的に(?)説明する消防士&警察官の話を聞きながら、さすがに呆然とした。
人生終わったかも…って。

昼間だったのと、近所の人の働きのお陰で、死傷者や周辺への延焼がなかったのが、不幸中の幸いだった。

所属事務所が決まる前までバイトしていた、そのアパートの裏にあったガソリンスタンドの社長さんなんて、アパートの隣りの家の二階によじ登り、必死で延焼を防いでくれた一人だった。

ありがとうございましたm(_ _)m

レコーディングを二か月後にひかえ、持っていたギターもそうだし、とにかく、その時着ていた服以外のほぼ全てを焼失した。(その日はスタジオへ手ぶらで行っていた)
全焼だから、当然そのアパートに住んでいた他の人達の家財道具も、燃えた。

何らかの原因で机の上から灰皿が落ちて〜という事に落ち着いたが…そんなのに気付いてたら、火事なんかにゃならなかったし、大体自分が部屋にいて灰皿が落ちたのに気付かないわけがない。

というわけで、誰もそれを見てはいないが、結局飼っていた猫が怪しいという事になった。
夏だったし、二階だったから部屋の窓は開け放しで、いつでも猫が自由に出入り出来るようにしていたのだ。

窓際に机を置いていて、その机の上に灰皿があった。
机の横の窓が猫の出入り口だったから、どうかした拍子に当たってしまい、消えきっていなかった煙草の火が畳に燃え移ったのだろうと…。

この猫は、今でも飼っている“クロニャン”だよ。
俺がガソリンスタンドでバイトしていた頃からだから、もう二十二年生きている。
獣医さんに連れて行くと、どの先生もビックリして褒めてくれる。
最近耳が遠くなったし、食事も減ったし、とにかくずっと寝ているが、まだ目の光がしっかりしているから、大丈夫だろう。
この子は俺の人生の半分を知っている。

さて、火事からの数日間。

警察での取り調べや、消防署への届出やら、アパートの住民への謝罪と補償やら、大家さん一族への謝罪と補償交渉やら、LORANのライブ(確かジャック大宮だった)やら…ちゃんと寝た記憶がないくらい繁雑な日が続いた…が、YASSが言うには(とりあえずYASSのところに身を寄せていた)大鼾かいて寝とったそうなd(-_-;)

うん、ボロクソに疲れていたんだろう。

で、クロの事はずっと気になっていたが、とても探しに行く事など出来ず、一段落した後日の真夜中に(昼間は近隣の人目もあったし)火事現場へ行ってみた。

すると、焼け跡の俺の部屋の押し入れあたりから、弱くて小さい猫の鳴き声が…。

真っ暗闇の中、『クロか〜!?』って押し殺した声で呼ぶと、『ニャ〜!』と一際大きく一鳴きして、クロがヒョコヒョコと出て来おった。

もう、涙がドッと出てね…。

家に連れ帰って、食べ物と飲み物与えたら、そりゃもうガツガツ食った。
で、腹一杯になったら、すぐに寝コケおった。
クロもボロクソに疲れておったらしい。

ついでに、今だから言えるその他の事も書いておこう。

その頃、NAOさんは事務所に内緒で、バイトをしていた。
女性の生理用品を店に納める“運び屋”のような仕事。

ある時その生理用品が段ボール一箱分余ったかどうかして、とりあえず彼女のいた俺にくれたのだが…。
悪い事にその段ボール箱、窓際に置いてて、火事の時真っ先に消防士さんに放り出され、焼けずに一箱綺麗なまま残ってしまった…警察での調書や消防署への届出書類に、無事だった物を書くところがあるんだけど…これがキマリ悪くてな〜、『何でこんなものが、こんなにあるんだ!?』って…一々説明するようだし、恥かしいしで…(苦笑)。

あ、焼け残った物と言えば…この火事の第一発見者で、HITOSHI BANDのベーシストでもある“ハシバ”。
俺の隣りの部屋で暮らしていた彼の部屋は、どういうわけか押し入れの部分だけ焼けずに残った。で、その押し入れの中は、エロビデオの山…(すまん、ハシバ、話を面白くする為とはいえ、“山”ってのは、ちょっと誇張かも…笑)。
いや、しかし、これも結構キマリ悪うございましたな〜。

…まぁ、全部俺が悪いんじゃけど…すまんm(_ _)m

さて、まだある。

火事から数日後の昼間。
小学一年生の頃からの友人で、LORANのツアーでもローディーとして一緒に旅をした事がある、吉村が何も知らずうちを訪ねて来た。

“全焼”って言ったが、建物の玄関部分は、舞台装置のように、そこだけ焼けずに残っていた。

正面から見れば、いつも通りの引き戸の玄関。
横から見れば“板一枚”みたいな…。

何も知らず『ウイ〜スッ!』とドアを開けた吉村が見た物は…黒焦げに焼け崩れた木材&瓦礫と、晴れ渡る青空だった…。

彼曰く、ヴァン・ヘイレンの『暗闇の爆撃』以来の衝撃だったと…d(-_-;)

で、最後にもう一つ。

警察署で取り調べ中に執拗に問われた事だが、火事の時俺の部屋で、なんども軽い爆発のようなものが起きたらしい。
以前このアパートの隣りのアパートには、過激派(?)なる活動家が住んでいたことがあったそうで、『お前…何か怪しげな爆発物でも作っていたのでは?』と疑われたのだ。

でもね、何の事はない。
猫の蚤を退治する為の殺虫剤がワンサカあって、それが破裂していたのだ。

その後の調べで、その件は解決した。

さて、話しを進めて、もう一つの事件〜“涙で歩いた吉祥寺駅前の道”について話そう。

全焼したアパートには、自分を含めて5人の住人がいた。
全員無事だったのが、本当に良かった。

で、その日…。
焼け出してしまったAさんが身を寄せていた吉祥寺へ行き、直接会って謝罪する事になっていた。

責任問題の話しが親の方へ行かないよう、表向きは親と縁を切っているという事にして、自分のところで食い止めるべく、その人が新しく住居を借りるのに必要であろう敷金&礼金&家賃+謝罪分の金を持って向かった。

無一文だった俺は、近所の人が集めて下さった“火事見舞い”と、親に借りた金からそれをひねり出した。

井の頭線。

改札くぐって駅前に出た時、お金を入れてた封筒が無い事に気付いた…。

切符を買う時まではあったんだから…電車内に落としたか…スラれたかだ。

ホンマ…ショックというか…信じられんし、途方にくれた…。

今なら冷静に“落とした”とも考えられるが、その時はとてもそうは思えなかった。

“スリ”

道行く人が皆怪しく見えた。

気が変になる位、腹が立って、悔しくて、憎くて『…どおして…何でボロボロな今の俺から金をとるんやっ!』って。
一瞬“通り魔”ってのは、こういう精神状態がブチッと切れて…って思ったりもした。

信じてもらうのは難しかったけど、約束していたAさんにこの事を言って、お金を少し待ってもらうように何度も頭を下げて頼んだ。
嘘をついてるわけじゃないんだが、お金を払わないわけだから…当然、色々と言われた…落ち度はこっちにある…仕方がない…ひたすら辛抱して謝った。

後日必ず払うという事で、なんとかその場をおさめ、電車賃もないのに駅の方へ向かって歩いた。

もう、ボロクソだ。
自然と涙がボロボロ出て来た。
泣き声なんか出ない。
とにかくボロボロと涙が出た。
それを拭う事もせず、ゆっくりと吉祥寺駅前を歩いた。

『酷いめにあったな〜、ひとし…ホンマ酷いわ…でも、街はいつも通りか〜…酷いわ…でも、何もなかったように人も街も普通に…幸せそうで…世の中…残酷じゃの…』と、ぼんやり周りを見ながら、もう一人の自分がブツブツと同じような事を何度も言ってたように覚えてる。
かなりヤバい精神状態だったと思う。
どうやって帰ったか…どうしても思い出せない。誰かが迎えに来てくれたような気もするし、線路わきを歩いて帰ったような気もするし…。



5月2日プラネットKの日は、あらためてその時の事を思い出し、色々と考えさせられた一日だった…そして、帰りにキョーシローさんが…ね。

うん、もうその話はよして、こいつを締めるとしよう。


色んな人が自分を助けてくれた。

中でもLORANと広島の両親は、心の支えだったし、大きな力をくれた。

火事の後、最初に広島へ連絡した時の事は、生涯心に残り、俺の背中を押してくれるものだ。

電話に出たお母さんが真っ先に

『あんた、身体は大丈夫なん?指とか怪我してない?あ…そう、うん、なら大丈夫!今から頑張りゃ〜ええんよ!しっかりしんさい!』
って。

彼女は、一っ言も説教じみた事を口にしなかった。

これは、効いた。

上手く言えんが、孤立感に押し潰されそうになっていた心の中に“絶対の味方”を感じる事が出来て物凄く強くなれた。

ちょっと感じは変わるけど、LORANでガ〜って音出している時も、似たようなものを感じられて、全てが吹っ飛ぶ事があった。

『それがどうした!?何だって跳返してやるわ!』ってね。

う〜ん、ありがたい事だ。

…それにしても、自分は迷惑と心配ばかりかける、しょーもない男だ。
わざとやっとるわけじゃないんだが…。

迷惑をかけた(かけてる?)皆さん、すみませんでした。
m(_ _)m

で、これからも…よろしくお願いします。
d(-_-;)

ハァ〜、しっかりせんとなっ!

長くなった〜、すまん!お終いだ。

ほいじゃ〜のっ!
(^-^)/~
♪HITOSHI♪
▲TOPへ