Guitar Life〜徒然なるままに〜

ギタリスト〜HITOSHI(三村 均:LORAN)の日記

2012年03月12日

震災から一年


昨日、3月11日。
震災から一年。

改めて色んな事を考えた。

毎年この日が来ると• • • 考えるんだろう。

復興への長い道程。

簡単な事じゃないだろうけど、少しでもその悲しみや辛さが• • • 。
そして、罹災された人々が一日も早く元の生活環境に戻り、希望を育てる毎日を送れますように。


自分は自分で、何をすべきかをよく考え、毎日を大切に行こうと思う。

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2011年05月19日

“桶狭間の戦い"とオイラの朝食

下北沢CLUB251~00.jpg
よっ!(^_^)V

今日はその昔、織田信長が桶狭間で今川義元を急襲した“桶狭間の合戦"の日(1560)。

決戦前夜、夜中に跳ね起きた信長は、出陣前居並ぶ息子達を前に

『よいか、覚えておけ、戦とはこうするものぞっ!』

と“湯づけ"を立ったまま何杯か立て続けに流し込むよう食ってみせ、

『これで何か間違いがあっても二日くらいは腹がもつ!』

と言い放ち、城を飛び出したそうな。


むぅ…型破りだが手っ取り早いし、キビキビしてて勇ましいのぉ〜…何事につけ影響を受け易いオイラは、そのエピソードを知ってからというもの…朝食はさっさと流し込むように食える“お茶漬け"か“味噌汁かけご飯"か“タマゴご飯"である…ん?貧乏臭い?(笑)
あ、いずれも“嘘みたいな大盛り"、しかも行儀悪く台所に立ったまま。
v(-_-;)



が、しかし、GWのある日、何故か急にシリアルが食いたくなった。

牛乳かけた朝食シリアルとバナナと卵(焼くの面倒だから、オイラはいつも割ってそのまま飲む)。
本当は野菜も食った方が良いのでしょうが…(毎朝トマトが収穫出来るようになるには、もう少し時間かかるなぁ〜)。

で、それからというもの何だか身体の調子が良い気がする。

前は腹持ち良すぎて、昼飯の時間によっては、吐き気をもよおしながら、格闘家か相撲取りのように『でも、食うべし!』って食ってたもん(アホじゃ)。
今は適度に腹が減って、昼飯も夕飯も旨い旨い。


やはり…何事も…ね(笑)

ほいじゃ〜のっ!
(^-^)/~
♪HITOSHI♪
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2011年05月11日

ノモンハン事件


電車の中で読んでて涙が出た。

今回の震災の時もそうだが、最近涙もろくなった…。


昔の話。
日本がロシアと戦った(ノモンハン事件→昔で言う“満州国"とモンゴル人民共和国の間の国境線をめぐって発生した日ソ両軍の国境紛争)時の日本兵の記録。

印象に残った部分を書き出す。


榊原軍曹の『陣中日誌』『ノモンハン桜』より。


「8月27日7時20分、敵戦車装甲車現はる。
直ちに之に対して射撃開始。
精度良好の様子。
第一中隊の三門と合わせて四門、全く力強い。
それに、まだ伊勢部隊だっていくらか残っているだろう。
十五加(染谷部隊)は兵一名残ったのみで全滅した模様。
天候は、雨雲低く下り、敵機からの観測困難、之正に天佑なり。
何が!!畜生!!露助奴等の弾で全滅してたまるものか。
何としても友軍主力の来る迄頑張るんだ。」

連日死闘を演じている守勢部隊は、友軍主力の進出を唯一の恃みとしているが、森田(範)部隊の戦況は780高地線で膠着し、新来の第七師団主力はその後方二キロに展開したまま動かず、第二十三師団長の手兵は諸隊の残兵に過ぎなくなっていることを知らないのである。

『陣中日誌』は次のようにつづいている。

「来る来る、頭をスレスレに掠めて砲弾が飛んで来る。
平気だ。
“後方へ戦車が廻った"との情報。
死ぬ覚悟の今は別に新たな感情も湧かぬ。
弾雨の中ペン止めず。
九時“友軍主力が優勢に転じ敵を包囲している。
奴等は既に袋のネズミ"という情報に接し嬉し涙が出る(士気を上げるための虚報だった)。
九時四十分、通信新小隊長掩体(えんたい→射撃を便にし、且つ敵弾に対して射手などの行動を掩護する諸設備)へ重砲弾落下、俺の個室当番だった内田が戦死した。
鎌田少尉も相当の深傷らしい。
あと一人之も重傷。
畜生、畜生!!
何とか早くこの砲兵を制圧したい。
内田仇をとるぞ、長い間ご苦労様。

空は尚曇っている。
雨気あり。
十時四十分、負傷。
十五時十分戦車襲撃、対戦。
幸いかなこの負傷(まだ働ける)。
拳銃と軍刀を握り締む。
拳銃は鎌田少尉の奴だ。
十六時、いよいよ最後だ。
二、三十分の命だ。
山崎大尉殿(第二中隊長・大隊長代理)やられる。
鈴木曹長同じ。
敵二、三百メートルに近寄る。
天皇陛下万歳」


榊原軍曹の『陣中日誌』はここで終っているが、同人著『ノモンハン桜』にはこのあとが克明に書かれている。
それによると、副鼻から口腔へかけて砲弾の破片による重傷を受けた山崎中隊長は、拳銃を部下の少尉に渡して、撃つことを命じた。
部隊の最期は迫っている。
いつ意識不明になるやも知れず、そのまま敵手に落ちることを避けようとしたものと考えられる。

「“中隊長殿、では御免下さい"
少尉は隊長の後から静かにそのコメカミに拳銃を向けた。
しかしすぐ右手を下ろした。
苦肉の一策、咄嗟の気転ならん。
“中隊長殿、拳銃が故障です"
“よし、一寸待て、まだ息ができる。
それでは、息の続く限りもう一度射撃の指揮をする"」

これから、朱に染まった山崎大尉が硝煙のなかに仁王立ちになっての奮戦がつづくのである。
だが、

「やがて、遂に来るべき時が来た。
“これで終りです! 中隊長殿"
何とも云えぬ無念の声、ここに吾全弾を撃ち尽す。
自爆する弾丸すらも残さずに。
万感こめて深く火砲に最敬礼をした全員は山崎隊長の命に従って火砲に最後の処置を施す」

このあと、山崎大尉以下、最後の突撃の機をうかがう。

「ああ、なるほど、矢張りこれで死ぬんだなと思う。
みんなとっくに死んだんだから当り前なことだとも思う。(中略)
ひと思いに死にたい、矢張り人間としての弱さであった。
人が驚く程の立派な死に方でありたいとも希う。
戦闘開始以来これは常に自分の心を支配していた。(中略)
万が一にも生き残っていた時、たとえ一人でも、“榊原は敵弾を怖がっていた"などと言う人があるとしたら、それを思っただけでも本能とは異なる筋肉が動いていた。

人間は死ぬまで芝居気があるのだろうか?
見栄が捨て切れぬのだろうか?

そんな悲しい反問も頭に浮ぶ。
いや違う。
これが恥を知るということだろう。
恥を恐れるが故に強くなるのだ。(中略)
何でもいい、遮二無二突込んで早く片付けたいと焦る。
三十分程前に中隊長は、誰から借りたか或いは自分のものか小さなポケット鏡でヂッと自分の顔を見ていた。(中略)

今はもう、生への執着も死の恐怖もない。
只、凡人の悲しさ、この世に生を享けて二十二年、苦楽の想い出が拭っても拭っても心の中を去来する。
耳に突撃号令を待ち、目に敵戦車を見つめながら、
“苦労して覚えた射撃教範もこれ迄のものか"
“苦手の英語も、三角もこれで用無しか"(中略)

“今、何時だ"
突然きかれて右を見ると中隊長は(中略)生き残った部下の待機姿勢をヂッと見ていた。
“十七時十五分です"
“ああ、そうか"(以下略)」

この直後に、山崎大尉を狙撃兵の銃弾が前額部から後頭部へ大きく貫通するのである。
戦死した山崎大尉は、全軍中ただ一人の個人感状を受けることになる。

「砲声はおとろえ、もはや友軍の叫び声も無く、この草原に生きている日本人は吾々のみかという感じがする。(中略)
“壕に入って姿を見せるな。
全滅と見せかけて、戦車がこの壕を踏みにじる時、後から飛び乗ってやっつけよう"
飯田少尉の結論であった。(中略)

夕暮れと共に何処へともなく撤退して集結する敵戦車は今日のこの圧倒的優勢な時でも例外ではなかった。

吾々は突込む時期を失し、はぐらかされて了った様だ。

月が昇った。
寒さが増した。
砲声も疎らになった。
しかし戦車はこの壕に近寄らずカタカタカタという無限軌道のキシミも遠ざかりつつあった。(以下略)」



今日、5月11日はノモンハン事件が勃発した日。

歴史上の出来事は深く、いろんな角度&立場から検討しないといけない。


なんにしろ…戦争は悲惨だ…。

♪HITOSHI♪
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2009年08月06日

8月6日〜広島平和記念日

081231_130826原爆ドーム-2.JPGよっ!(-_-)v


8月6日。
今日は広島平和記念日だ。


TVのニュースでもチラッと見た。


毎年思う。

悲惨だなって。

そして、こういう事が二度と起きないように、キチッと後世に伝えて行かなくちゃなって…。


ほいじゃ〜のっ!
(-_-)/~
♪HITOSHI♪
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2008年12月08日

12月8日

よっ!(-_-)v

12月8日

今日は、ジョン・レノンが撃たれて亡くなった日。

そして、太平洋戦争開戦〜真珠湾攻撃の日。

毎年この時期になると、テレビ、新聞、雑誌で取り上げられる。

ジョンの死。

太平洋戦争の記録映像に観る無数の人間の死。

どうせ人間はいつか死ぬが…人にはそれぞれに…



ここ数年、わけなど知りたくもない事件が多い。

愛と平和とか、平等とか…子供達にとことん突き詰められたら、俺は困ってしまう。

嘘が多過ぎるから。

都合悪い事は見せなかったり、隠したり、言葉巧みにかわしたり…頭の良い人間ってのは、そういうを上手く出来るのを言ったりもする…。

(-_-)/~
♪HITOSHI♪
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2008年06月03日

魅力

よっ!(^-^)v

昨日生徒から聞いたが、関東も梅雨入りしたそうだ。

…まぁ、毎年の事だが…楽器のコンディションが悪くなるから、嫌いな季節だわ〜。

…でも降らなきゃ降らないで困るんだな〜、これが(>_<)


さて、本題へ行こう。

久し振りに“歴史上の出来事”

今日はその昔、ペリーが浦賀に来航した日。

あの“黒船”ってやつだ。

前にも書いたけど、昔この“黒船”から明治維新位までを時代背景とした歴史小説を、随分読んだ。

とにかく、世の中が沸騰し、人間が熱かった時代なので、夢中になってしまったのだ。

で、どちらかというと、いつも倒幕側を味方するような読み方をしてしまう(笑)

あの反体制で、下克上的な雰囲気が魅力の原因だろう。


ロックやジャズに魅かれた理由も、そんなところにあったりするd(-_-)

ほ、ほいじゃ〜のっ!

(^-^)/~
♪HITOSHI♪
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2007年10月12日

フュージョン大国〜アメリカ音楽について By HITOSHI d(-_-;)

071012_010559.JPGよっ!(^-^)v

本題に入る前に、“隠れ星座シリーズ”

今日は日本を代表するジャズ・ギタリストの一人、増尾 好秋さんの誕生日。
ソニー・ロリンズに参加した事でも有名。
ギタリストだけにとどまらず、プロデューサーとしても高く評価される人。

誕生日おめでとうございますぅ!m(_ _)m


さてと、じゃ本題へ行こう!
久し振りに“歴史上の出来事”。

今日はコロンブスがアメリカ大陸を発見した日という事になっている。

1492年の事だ…相当昔の話…相変わらず、俺は疑り深い…ホンマかぁ〜?って…(笑)

しかしまぁ、アメリカ大陸をね…うん、とんでもないモンを発見したもんだ。

今の感覚でいうと、宇宙船で未知の空間を冒険して、地球と同じような環境の星を見つけたってほどの大発見だったんじゃないかな?

この未知なる希望の大陸めがけ、世界中から人々が集まる事になる。


話を音楽に限ってしよう。
多分長くなる…覚悟してくれ!(笑)

ここで(アメリカ)あらゆる音楽が融合(フュージョン)し、生み出される事になる。

移民した西洋人達により西洋音楽が伝えられた。これは所謂“クラシック音楽”と呼ばれるものだけじゃなく、例えばイギリス、スコットランド、アイルランドの民謡(フォーク)みたいなのも含む。

奴隷として連れて来られたアフリカの黒人達は黒人音楽を。

それがあの広いアメリカの各地で、元々あった原住民達の音楽と微妙に交ざり合いながら、独自の個性を持って定着して行く。

交通の便が良くなり、人々の行き来が頻繁になると、それらの音楽はお互いに影響し合い、融合されながら、楽器の発達や奏者の技術の向上もあり、さらに発展して行く事になる。

こうして、フォーク、ブルース、ブルーグラス、カントリー、ラグタイム、スウィング、ビ・バップ、ジャズ、ロックン・ロール…などと呼ばれる音楽が次々と生み出された。

こうしたアメリカ音楽を考える時、中でも“ブルース”のはたした役割はとても大きいと思う。

大体、世界的に見て、学校の音楽の授業で教わるものは、西洋音楽〜所謂クラシック音楽の楽理に拠るものが多い。
そこから見ると“ブルース”ってのは、一種の民族音楽という事になる。
これは、アメリカに連れて来られた黒人奴隷達が開放される事により、広くアメリカに伝わって行ったものだ。
で、このブルース…これがアメリカ音楽のあらゆる分野に取り入れられ、その独特な匂いを放つのは何故か?と聞かれたら…チト困る(笑)…まぁ、多くの人にとって、“しっくり来た”からじゃろう…としか言えない。

あっ、思い出した!
昔読んだ“ブルース”についての本で、面白い研究報告があった。
西アフリカあたりの、西洋音楽の教育を受けていない黒人に、長音階(ド、レ、ミ…)を歌わせたところ、3番目(ミ)と5番目(ソ)の音が微妙に低くなり、7番目(シ)の音が上手く歌えず、放っておくと“シ”じゃなく半音低い“シ♭”になってしまうそうだ。

この3つの音!これこそが、“ブルー・ノート”と呼ばれる、ブルースの特徴的な音とされるものなのだ。
やはりこのあたりにブルースのルーツがあるのは間違いないだろう。

そして、それはきっと人間の感性の底辺に存在する音列…っていうか上手く著せないが…まぁ、簡単に言えば、人種や世代を超えて、人間が好きな音列の一種なんだろう。ん?何でかって?
…そんな事知らんわいっ!(笑)

さて、こういうアメリカ生まれの音楽が、今みたいに全世界に広がったってのは、割と簡単かもな〜。
単にアメリカ生まれだからって説明しても、半分以上は当たっていると思う。
たとえ多くの人に受け入れられる感性の底辺を揺さぶる音楽でも、例えば閉ざされたチベットの山奥なんかからは、こんなに世界的に広く伝わるわけないもん。

で、これらアメリカ生まれの音楽は、今でも伝統的音楽としてアメリカ各地で、受け継がれ、守られ、融合もしながら発展している。
アメリカはデカいからな〜。
日本なんて、小さい国だし、情報が行届き過ぎだし、国民性もあるのかもしれないけど、一つ流行が起きると、皆右へならえで似たような音ばかりになってしまう(>_<)

世界中の多くの優秀な音楽家が世界の音楽を研究&吸収しながら前進しようとしたし、今でもしている。

前に紹介したジョージ・ガーシュイン、スコット・ジョップリン、マイルス・デイヴィス、ジョン・マクラフリン、パット・メセニー、オーネット・コールマン…名前あげるとキリがない(>_<)
言ってみれば、ビートルズや、ストーンズや、ジミヘンや、クィーンや、ツェッぺリンや、キングクリムゾンや、ピンク・フロイドや、ポリスや、U2だってそうだ…これもな…名前あげるとキリがない(>_<)。

それぞれがポピュラー、ロック、ジャズ、クラシック等のそれぞれの“畑”に立ち、そこからあらゆる音楽のエッセンスを吸収&消化して、自分の作品に反映している。


自分もね、これから先、音楽的視野を広く持って進んで行かなきゃな〜って思う。

…アメリカ大陸発見の話がこんなところに着地してしもた!(>_<)(笑)

長々とスマン!
もう、やめるわ。

ほいじゃ〜のっ!

(^-^)/~
♪HITOSHI♪
posted by HITOSHI at 08:23 | Comment(4) | TrackBack(1) | 歴史上の出来事
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2007年08月09日

長崎平和の日

朝顔-2.JPGよっ!d(-_-)

朝顔〜ちょっと変わった色で咲いたんで、写真撮ってみた。
太陽の当り具合で、こんな風に見えてるんじゃないよ。
この斑具合がなかなかよろしい。


さて、今日は長崎に原子爆弾が投下された日…。
物心ついた頃から、“夏”といえば必ず、あの悲惨だった戦争の記録が新聞やTVで取り上げられる。
良い事だ。
コレはね…後世にキチンと伝えていかなきゃいけない事。

で、今日も暑くなりそうだな〜(>_<)
俺はもう電車の中の人。
今週から木曜も朝一でレッスンする事になった。
情報によれば、今朝の新入生さんは“ヘビメタ女”という事だ…d(-_-)

上等じゃないかっ!
朝一でメタッてやるぜっ!(笑)

…が、その前にチト寝とくわ。

φ(_ _)。o○
♪Hitoshi♪
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2007年08月06日

広島平和記念日

よっ!d(-_-)

またこの日が来た。

8月6日。
広島に原子爆弾が投下された日。

広島で生まれ育った俺は、毎年この日の午前8時15分(投下された時間)に鳴るサイレンの音を聞きながら、大人達を見習い、黙祷したものだ。
ある時は、ソフトボールの試合を中断して、ある時は学校のプール際で、ある時は剣道の稽古を中断して…。

忘れちゃいけない日。

こんな悲惨な事は二度と繰り返したらいけない。

さて、話しを変えよう。
また“隠れ星座シリーズ”である。
今日はボサ・ノヴァ・ギター鬼才、バーデン・パウエルと、超個性派超絶ギタリスト、アラン・ホールズワースの誕生日。
…2人ともその強烈な独自のスタイルで、有名な人…偶然だが、こんな日に、こんな突然変異みたいなギタリストが…揃って生まれたとは…。

《バーデン・パウエル》ボサ・ノヴァ〜ブラジルの伝統的な音楽。基本的にはおとなしく演奏されるものだが…。
バーデンが登場してからというもの、ガラッと様子が変わってしまった。
技術的には、クラシック・ギター奏法を基本にしていたが、そこへ独自の研究&工夫が加えられ、完成された彼ならではのスタイル。
まずは、彼の真骨頂であるパーカッシブなコード・カッティング!
ジャズ的なアドリブ演奏!
クラシック・ギターやアメリカのカントリー・ブルースなどとは違うタイプのソロ・ギター・スタイル。
とにかく独創的で、上手い…いやぁ、気持ちエエわぁ〜やれんのぉ〜!参った、参ったって感じ(笑)
彼の人生…よくあるパターンだが、音楽&ギター以外の部分では、色々と問題があった人らしく、まわりの人に随分迷惑をかけたみたい…。
でもね、音楽史&ギター史上においては、とっても重要な存在。

《アラン・ホールズワース》
その昔、大好きなエドワード・ヴァン・ヘイレンが、彼の事を大絶賛していたので、聴いてみる事にした。

初めて聴いた時…何じゃこれは!?ってね…(笑)
それまで聴いてきたどのギタリストにもない独特の音使い&歌いまわし…つかみ所が無く、ギターのフレーズとは思えなかった。
一体どうやったら、こんな音が出るんだろう?ってね。

一応仕事柄彼の教則ビデオは持っているが…その中で彼が説明してくれる“謎の音階”…未だに謎のままである(笑)
コードのとらえ方やアドリブの方法論は理解出来る。
所謂、“モード奏法”って言われるものだと…勝手に解釈しとる。
…がしかし、それらの元となる彼が示す音階…これがチト奇妙でね…理解に苦しむ(笑)

何事も徹底的に自分の頭で考え、自分の耳で聴いて判断し、妥協をせず、常に進歩&挑戦し続けるという…物凄い人だ。

よく『ピッキングでは、アル・ディ・メオラ、レガートではアラン・ホールズワース』と、ギター界において、早弾きの双璧をなす存在のように言われるが、俺は彼の早いフレーズより、あの伸ばした時にフワァ〜とする独特のニュアンスが大好きだ。
♪ハァ〜リリレェ〜♪って弾く時の“ハァ〜”と“レェ〜”が、1/4音位低い音から入って来るんよ!
これがね、とっても良いんだな〜。
ハマった時なんて、それだけで鳥肌モンじゃっ!
聴けば、わかる!d(-_-)
お2人さん、まとめて誕生日おめでとうございますぅ!m(_ _)m

(^-^)/~
♪Hitoshi♪
posted by HITOSHI at 11:26 | Comment(2) | TrackBack(1) | 歴史上の出来事
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2007年08月05日

“いいくに作ろう、頼朝さん!”

よっ!(^-^)v

むか〜し、むか〜しの出来事じゃ。
今日は源 頼朝によって鎌倉幕府がひらかれた日という事になっている。
…まぁ、何か記録が残っていて、それを根拠にそういう事になっとるんじゃろうが…ホンマかの?(疑)
歴史に関して、俺は最近疑い深くなっておる…(-_-;)

《鎌倉幕府》
学生の頃、歴史の授業で教わった年号暗記用の文句は、“いいくに(1192)作ろう、頼朝さん!”であった。
何故かこの文句だけは妙に覚えている。

中学で歴史を教えてくれたのは平井 先生。
とっても授業が面白くてね。
歴史上の人物について、教科書に載っていない人間臭いエピソードを、おもしろおかしく話してくれたもんだ。
この先生のお陰で歴史が大好きな科目になった。
ちなみに、当時数学を担当していた先生(名前忘れた)の授業は…つまらんかった…ただ覚えて解く…みたいな…二言目には受験×2である…数学が嫌いになった…今思うとこの数学嫌いが、良くも悪くも俺の大飛躍思考癖の原因なんじゃないかと…。

子供達よ!勉強はバランス良く学んだ方がエエぞっ!

(^-^)/~
♪Hitoshi♪
posted by HITOSHI at 12:09 | Comment(2) | TrackBack(0) | 歴史上の出来事
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